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谷川史子「きみのことすきなんだ」──思春期に覚えた歌のように、いつでも思い浮かぶ憧れの景色

2025/7/11 15:00

どのマンガもすごい! ──とはいえ、マンガ好きなら誰しも、心の中に“自分だけの特別な作品”を持っているはず。このコラムでは、人一倍マンガを読んできたであろう人々に、とりわけ思い入れのある、語りたい1作を選んで紹介してもらうことで、読者にまだ知らないかもしれない名作マンガとの出会いを届けている。第7回ではライターの大曲智子氏に、谷川史子「きみのことすきなんだ」について綴ってもらった。

文 / 大曲智子

谷川作品のような高校生活を送りたかった

2016年のある時期、私は劇場版アニメ「この世界の片隅に」のパンフレット制作を手伝っていた。マンガ家の青木俊直さんが映画を応援されていたことから、青木さんのインタビューをパンフレットに掲載することになり、私が取材を行った。その中で青木さんは、原作者のこうの史代さんとのご縁について教えてくれた。

「昔、妻のアシスタントにこうのさんが来てくれたことがあるそうなんですよ」

青木さんの妻とは、同じくマンガ家である谷川史子さんのこと。取材後、私は思わず「……実は私、奥様のマンガの大ファンです」と言ってしまった。公私混同、慇懃無礼と怒られて然るべきだが、青木さんは心から喜んでくださった(と思う)。ライターにはごく稀に、このような神様のお目こぼしの瞬間が降ってくる。

私が「200万乙女」の1人だった時代(=集英社のりぼんの発行部数が200万部だった頃)、りぼんにはキラ星のような大作が多数掲載されていた。そんな中、1990年に掲載された谷川史子の読み切り「きみのことすきなんだ」は、違う場所からやってきた流れ星のようだった。シンプルな線、ユーモアに満ちた描写、イキイキとした登場人物たち。イラストのようなタッチの少女マンガは幼い私の目にはとても新鮮に映り、また主人公が男子高校生であることも斬新に感じた。余談だが、「高校生になったら絶対に電車通学がしたい」と憧れたのは、谷川作品のような高校生活を送りたかったから。残念ながら市内の高校に進学したため自転車通学になってしまったが……。

心の声が、まるで恋心を歌う詞のよう

魚屋の家に生まれ、父と一緒に仕入れをしてから高校に行く丸屋慎一は、通学電車で出会う他校の矢倉奈美に片思い中。勇気を出して告白し、2人は晴れて恋人同士に。しかし驚くべきことに、奈美は大の魚嫌いだった。

「僕が魚屋の息子だと知ったら彼女はどうするんだろう」

思い悩んだ慎一だったが、しばらくこのことを隠し通すことに。一方、慎一が自分に隠し事をしていると察した奈美は、フラれることを恐れ自分から別れを告げてしまう。

「私はずっと好きだったから さよならなんて言いたくなかった 丸屋くんから言ってくれたほうがよかった」

好きなのに、好きだから、ウソをついた。やりきれない思いを抱くシーンだが、ここで重たくならないのがこの作品のいいところ。その後、悲しみのあまり階段から落ちて脚を骨折した慎一は、入院しながら思いを馳せる。その心の声は、まるで恋心を歌う詞のようだ。

「きみは魚の嫌いな女の子で 僕は魚屋の息子 わかってる」

「でもどうしようもないんだ とめられないんだ ぼくは きみのことすきなんだ」

単行本のあとがきで谷川さんは、「キャラクターのもとになったのは『チコタン』という曲。タイトルはあがた森魚さんの曲からお借りしました」と書いている。「チコタン」は有名な児童合唱組曲で、魚屋に生まれた男の子がクラスメイトのチコタンに恋をする歌だ。谷川作品は1編1編それぞれが歌であり、オムニバス作品や単行本はアルバムになる。思春期に聴いた歌をいくつになっても歌えるように、「きみのことすきなんだ」は私にとっての大切な歌。この先もきっと、歌うように絵やセリフを思い出すのだろう。

(コミックナタリー)
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